脂肪燃焼団のおふとりさまですが相席よろしいですか?

脂肪燃焼団のメンバーが日々思ったこと、食べたものなど。

ポケモンGOに思う、人と共に行きていくことの難しさ。

 先日、とある方とポケモンGOを一緒にやっていたのですが、その、あまりの要領の悪さに辟易してしまいました。

「なんとなく難しそうだから」という理由で、カーブボールが投げられない。

リリースから2年半も経っているのに、基本中の基本の技術も身につけてないんですね。

キチンと情報を取ってない。


ポケモンGOツイッターや、アプリ内のニュースで、ものすごく大事な情報をしれっと流します。
そういう情報を読んでいるようで読んでいないから、レアポケモン欲しい欲しいと口では言っていますが、かなりの機会を逃していますし、逃した事自体にも気がついていないんですね。
なんとなーく近所をブラブラしてみて。
なんとなーく運良くいいポケモンに出会えたり、出会えなかったり。
適切な努力もせず、行き当たりばったりで取り組んで、一喜一憂を繰り返している。


その上、状況判断が不適切。


僕がびっくりしたのは「色違いポケモン」についての話をしたときです。
色違いっていうのは、たま~に出てくる、本来赤い体色が黒かったりなど「カラーリングが違う、稀なポケモン」です。


「○○の色違い、出ないかな~」
「ヤキモキしてもしょうがないよ。色違いポケモンってのは、海外の実験で0.25%。400匹に1匹しか出ないんだって。気長にやりなよ」
「ウソだあ!もっと出るでしょう。100匹に1匹くらい出るよ!」


まず、情報提供してくれる相手に「ウソだあ!」という態度が気に入りませんが…w


ともかく、その方のおっしゃる「100匹に1匹くらい取れるから、400匹に1匹しか出ない、という確率が信じがたい」という話ですが、冷静に計算してみましょう。

400分の1の色違いを狙って150匹取れば、32%の確率で1匹色違いに出会えます。

200匹捕まえれば、40%の確率で1匹は手元に色違いが手に入ります。

つまり「100匹に1匹くらいの確率で出会ているような手応えがある」という感触と「0.25%」という確率は、それほどギャップがないわけですよ。


「印象」によるイメージが強すぎて、実際に計測されている現実と全然向き合えていない。



まあ、あくまでもゲームに対する取り組み方なので、浮ついていても全然構いませんけど、万事こういうスタンスで生きている人に出会ったらかなわないな……なんて、モヤモヤしていたときに、こんな記事に出会いました。

 

blogos.com



どうも、先日のポケモンGOが、大マジのようなんですよね
世の中には「大人に見える人」「ビジネスパーソンに見える人」がたくさんいるように見えますが、実際は、


数字による客観的な判断が出来ず
自分にとって大切な情報を収集できず
収集した情報が大事なものなのか、ノイズなのか、読み取ることも難しい



ようなんですよ。
少なくない人が……もちろん自分がそうではないというつもりはありませんけど……事実に基づかない「印象」や「偏見」で判断して暮らしている。

 

何だかよく分かってないけど、アイツが言うことだから、良くないことに決まっている。
あの人はいつも優しくしてくれるから、あの人の言うことはみんなホントのことに決まっている。
今までいつもこうやって上手くいってきたから、次も上手くいくに違いない。

 
世の中ってのはそんなに単純じゃないんですよなあ。
人柄がいい人が最善の判断を下せるわけではないし、ちゃらんぽらんな人間が本質を突いていないとも限らない。
世間はみんなバカばっかりだ、俺だけが優秀なんだ、と思い込んでいたけど、実は自分だけが飛び抜けてバカで、周囲と歩調が合っていないだけだったということもあるでしょう。


「客観視」というのはいつまでも大事です。
笑点」の圓楽師匠が67歳になる今年の新年のあいさつで「落語がうまくなりたい」と言ったそうです。
「終わってみるとあそこはこうじゃなかったかなあ、と思う所がある。だからきっと上手くなれる」らしいんですよね。達人はすごいです。いくつになっても、自分の判断や振る舞いを遠ざけることが出来る。


当然僕は圓楽師匠のような達人ではありません。
こうして驚くような結果が出ています。トシばかり重ねてみても、それに伴ってリテラシーが高まっていくとは言えない様子です。
凡人は常に正解、常に正義を選び取れる能力はないようなので、あまり入れ込まない、思いこまないことが大事なんだろうな、と。
凡人の自覚を持って、つねに「あれ?俺間違ってんの?ごめーん」と改められる、ゴキゲンなおっさんになりたいな、と思っています。


ネットを徘徊する「正義依存症」のひとたち 週刊プレイボーイ連載(326) – 橘玲 公式BLOG



「自分は常に正解だ、正義だ、悪をやっつけろ」という状態はストレスフリーだし、脳も大歓迎らしく、ドーパミンがドバドバ出始めて、止められなくなるそうですね。
そうなったら、もう誰も止められない。発見もない。成長もない。
同じところをグルグル回り続ける激イタ人材の出来上がりです。


願わくば、そうならないように自制していきたいものです。

ディスコードとディスコード

 先週のイベントはDJオンリーでなく、クロスオーバーイベントということで、打ち上げで久しぶりにこんなことを聞かれました。


「DJさんって自分も興味あるんですが、すごく難しそうですよね……BPMとかすごく考えてらっしゃるんでしょう?」


なんとも「聞いた相手が悪かった」としか言いようがないですね。
僕ら、あんま考えてないです
思わず初心に還られる内容だったので、以下、少しだけDJ論を…w


あくまでも僕らの考えですが、
「不協和音(ディスコード)よりも、不和(ディスコード)」というポリシーがあります。

たとえば、ONE PIECEのオープニングで世界中に愛される名曲「ウィーアー!」がありますよね。
この曲、BPM167です。
BPMが近く、フロアで愛される名曲といえば、ラブライブ!サンシャイン!のAqours想いよひとつになれ」とか、のだめカンタービレSUEMITSU & THE SUEMITH「Allegro Cantabile」があります。

でも、僕はONE PIECEのあとはNARUTOがいいんだよ

ジャンプめくってるみたいで楽しいじゃないですか。
KANA-BOONの「シルエット」とか、名曲ですよね。BPMは183ですけど。

こういう時に僕らは考えます。
不協和音(ディスコード)か、不和(ディスコード)か。
そして結局、167から183に飛ばす方法を考えます。
ジャンプめくってる感覚を取るわけですね。

だって僕ら脂肪燃焼団、アニメ大好き、アニオタの、アニソンDJですもん。
お客さんと、アニメについて共感し、アニメを介して仲良くなりたいんです。
ONE PIECEのあとにラブライブ!って、BPM的にはそうかも知れないけど、僕らは違うんですよ。それじゃROUND1のクレーンゲームコーナーみたいじゃないですか


 あの人ともっともっと仲良くなりたい、ってときは、誰だって、コミュニケーションのコード…調和を破りますよね。
「今夜は一緒に帰りませんか?」という一言で、同僚という、クラスメイトという、行き帰りの電車で顔を合わせる関係、というコードを破るでしょう。


だから、僕らは全然BPMを絶対視してません。
DJは「手段」ですから。
これがしたい!という「目的」があれば、そんなのは全部放り出して、表現します。
いつか、どこかの現場で、僕らがサンドバッグになって床に転がされていたら「あぁ、アイツらの考えは一般的ではなかったんだ」とお察しください


「DJさんって自分も興味あるんですが、すごく難しそうですよね……BPMとかすごく考えてらっしゃるんでしょう?」

というご質問でしたが、BPMを第一にしなきゃいけない、そう言うルールだとしたら、逆にメチャラクなんですよ。むしろなんにも考えなくていいから。
それなら、ただの手いたずらですから。

僕らが考えているように見えるのだとしたら、それは「いつ、どうやってBPMを破ろうか」ということを考えています。
僕らが難しいことをしているとしたら、それは「僕らがBPMを破ったとしても、目の前のお客さんは絶対僕らのことを嫌いにならない!と、全面的に信じ抜くこと」です。


DJ論、終わり。



ディスコードといえば、とある番組で、MCが「死んだら負け」と言ってエライ騒ぎになりましたよね。
「死のうという人間に対して『負け』とは何事か」と。

あれも、ディスコードの問題でした。

発言内容はこうです。
「世間やマスコミは、自殺した人間に同情的で、その死を悼み、ともすれば、自殺の意思自体を尊重しかねない様子だが、それを見た、追い詰められた人間が『私も死んだらあんなふうに、皆が共感してくれるのかしら、同情してくれるのかしら』と、自殺を企図しかねやしないか、と、強く疑念を抱いている。だからこそ、世間の向きに反し、自分だけは『死んだら負け』なんだとハッキリ表明したい」


自殺した人を貶めたりしていませんし、自殺しようとしている人を軽んじてもいません。
「死んで花実が咲くものか」と、それほど変わらない意味で使っているだけです。
死んだら負け、で気炎を上げていた方は「死んで花実が咲くものか」が掲載されている「大辞林」の三省堂にもキチンとクレームを入れているんでしょうかね。「死のうという人に対してなんて無神経な言葉を掲載しているんだ!」つって。


単純に「死」に対して「負け」がディスコードだったんですよね。
ただ、当人がなぜ「負け」という刺激的な言葉を使ったのか。
見てもらいたいから、一緒に考えてほしいから、ではないんでしょうか。
誰が自殺しようと構わない、というなら「遺憾の意を表します」「可愛そうでしたねえ」と言って、右から左へ流してしまえばいいじゃないですか。

それを、単純に言葉選びがいびつだからといって、相手の人間性がどうの、と、言い切れてしまうその無神経さ。それこそが、発言者の「自殺という強烈な事実に対して、無条件に同情してしまう世間」そのものであって、あまりの意思疎通の出来てなさにため息が出るばかりです。いびつなのは、無思慮なのは自分の方ではないのか、と思わないその神経に薄ら寒さを感じます。

渋谷のハロウィンがそうだったんですが、いかなる時もひとつのコードに準じて行動する、という人間は、素晴らしいことでも何でもない。かえっておかしなことの元凶になると思います。
トラックを横転させた彼らも「ハロウィンなんだから、特別な日なんだから、特異なことをしなきゃいけないんだ、おかしなことをしてもいいんだ」という、おかしな高揚感に取り憑かれていたのでしょう。


ときにはコードを破り、やりすぎたら、謝る。
それが良い人間関係の元ではないかと、ふと頂いた質問について、思いを巡らせておりました。

月灯りのカーニバル、お疲れ様でした!

LIVE ROXY SHIZUOKAにて、月灯りのカーニバル、という、バンドありDJあり、腹話術あり、アイドルあり、椅子ありの素敵なハロウィンパーティに参加しました!!


ハッキリ言って面白い、というか、他にないイベントでした。
超・大所帯で、僕らの親世代のバンドさんもいるんですよ。スンプレンジャーさん!
実に、夢があった!
きらわんだと最年長になりがちで、ちゃんとしなきゃな…と思いがちなんですが(思うだけですが)やっぱ、音楽って一生モノの趣味だね!卓越したパフォーマンスでそれを体現してくれていて、ジーンとこみ上げるものがありました……。


世間は広い!まだまだ僕らは小僧っ子です!実質ルーキーです!引き続き暴れよう!


オーガナイザー・くぅさんの率いるナ月さんも素晴らしかった。
フロアにズンと来る圧巻の歌声と、合間に挟まれる、果てしなく「しょうもない」パフォーマンス。

でも、あのしょうもなさが、僕はたまらなく好き。
「いいヤツに会えたな」って感じ。

このブログに何度も書いてますが、僕は、パフォーマンスでいちばん大事なの「いいヤツに会えたな」以外にないと思ってるんで、これはもう、ジャンルを超えてリスペクトします。面白かったです。


今回はフロアに、ブースに、誠にご好評いただきました。痛快なくらい手応えのある現場でしたが、それは僕らふたりのパフォーマンス以上に、くぅさんのオーガナイザー力あってのものです。
僕らはお初の参加でしたが、イベントのことでなにか決まり次第、まめにご連絡いただきまして「あぁ、こういう趣旨のパーティで、こういう行き届いた方がオーガナイザーで、だったらきっと、こういうお客さんが来るだろうなあ」というのが、ありありと浮かんでまいりました。
オープニング、照明が落ちて、面白い仕掛けがあって……あぁ、大丈夫だ、思った通り、素敵なイベントだ、って、結構早めに、ビンビンに感じていました。
とはいえ、脇にアイドルさん用のステージがあったので「これはいい、昇ろう」とちゃっかり使わせていただいたのは転換DJとしてはどうなのか、と思いますが、そこはほら、ハロウィンなんだから、というわけで。


来場者も100人超えということで、静岡のど真ん中で、実に愉快なカーニバルになりました。
もし、アニソンDJイベントってのも面白そうだなと思ったら、清水のきらわんまでお越しくださいませ。

藤田和日郎先生と「双亡亭壊すべしはクソ」と言ってる人間が同じ「1票」はおかしい

 

 
大大大大好きな藤田和日郎先生の、絶賛連載中スーパー面白いマンガ。


そう言えば始まったな、と思ってネットで評判を見たら

「読まなくていいよ、うしおととらからくりサーカスに比べればクソだよ」

という書き込みがあって、そっか、わざわざ書き込むくらいなんだから面白くないんだろうな…と思って、10巻くらいまとまったら読もう、と思って。


そしたら今秋、待望のからくりサーカスアニメ化。


決まっただけで号泣。やっぱり俺藤田和日郎先生大好きだ…と思い、双亡亭壊すべしにいよいよ手を付けました。






ちょーーーーーーおもしれえわ。





いつものように、物語が壮大ということもあり、下地作りで1,2巻が終わってしまいますが、エンジンがかかればさすがは藤田和日郎大先生こと神。散りばめられた謎、魅力的なキャラ、沸騰しそうなストーリー。まったく何の不満もない超大作です。




ウキウキしながら次へ…次へ…と読むうちに、猛烈に反省しました。




ネットで「双亡亭壊すべしはクソ」と言ったアイツ。



そういやアイツ誰だよ、と。



なんで俺、アイツの言うことなんか真に受けたんだろう?って。


社会人1年目。辛い新入社員生活を過ごしながらの日曜日。
社宅のレオパレスにしばらく住みづらくなるくらい泣き叫んで読んだからくりサーカス藤田和日郎先生が、サンデー看板作家のプライドをかけて臨んでいる新連載。
うしおととらの方が…」「からくりサーカスの方が…」「スプリンガルドの方が…」と、過去の大傑作と常に比較されるプレッシャーと戦いながらの新連載。


それと、ネットの誰だか分からんヤツの「クソ」を同じ1票とカウントして、藤田先生は面白いって言うけどネットではクソって書いてあったし、うーーーん、しばらく経ってから読めばいいかな……と放置していた己の愚かさ。




マジでバカだな、俺、と思いました。

よく「誰が言ったかじゃないよ、何を言ったかだよ」という言葉もありますけど、言葉通り受け止めるのも違うなと思いました。


厳しい世界で揉まれながら、自分の命を削って、キャリアをかけて発信している人と、
蚊帳の外からノーリスクで発信している人の言葉がイーブンってことは絶対ない。



あまりにも情報が飛び交うなかで、流れ弾に当たりながら、ぼーっと生きていたな、と学びました。


24歳の自分に会ったら、それこそ怒られるでしょう。
「お前は、自分の人生で1番か2番に辛かった時に支えてくれた人間を、なぜ信じられなかったんだ」って。


今後の人生で、また、こんなザマにならないことを祈るばかりです。

【イベントレポート】話題の「#アニクラ論」に行ってきたよ!

 遊びに行かせて頂きました。

twipla.jp


 ちょっとしたきっかけからこのイベントの開催を知りました。
魅力的な登壇者のみなさまに加え、なんとも波乱しか呼びそうもないコンセプト
第1回に行かないわけには行くまいと思い、有給休暇を取得して遊びに行って参りました。

案の定、余波がすげえよ、余波が!

会場でお見かけしなかった人も含めてたいへん盛り上がっておりますね。
結論から先に申しますと、大変朗らかで、未来志向で、学びのあるイベントでした。
…が、反面、Twitterでハイライトだけ追いかけられる方にはかなりの誤解を生んでいるのかな…と思います。
勝手ながら、ひとりの参加者の目から見て「こんな雰囲気だったよ」というレポートができればと思い、筆を執りました。
べ、別に、僕が大好きな出演者のみなさんがあらぬ誤解を抱かれるのが可愛そうだから、と思ったわけではありません。
とりあえずブログの記事にしてみて、思いのほか反応が大きければ、2時間半のイベント内容をすべて文字起こしして有料記事にしてゼニにしてやろうと考えているだけです


■そもそも、この文章の筆者は誰なの?

僕(ら)は、男女アニソンVDJユニット・脂肪燃焼団と申します。5年目です。
アニソン以外のプレイ経験はありません。ボーン・トゥ・ビー・アニソンDJです。
この文章を書いているのはヘロウ(♂)。もうひとりはなず(♀)。
静岡を中心に活動しておりますが、東京のキーパーソンのみなさまのご厚意で、年に1~2度ほど東京で活動の機会を頂いております。
つい先日は、素敵なご縁に導かれ、香港でもDJさせてもらいました。
とても幸せなキャリアを送っている、中堅クラスのプレイヤーとご理解ください。

ちなみに11月以降、特に予定は決まっておりません!!!!


さて、次はどんなことにチャレンジしようかな?というタイミングでこのイベントのことを知り、東京の最前線の人の考えを学んでみたいな!と、参加を表明した次第です。


■会場について
会場の秋葉原エンタスは、電気街の顔・オノデン本館の5階という、これ以上ないくらい分かりやすい場所にあるうえ、とても清潔。ライブハウスというよりイベントホールと言った様子で、明るくてトイレもキレイですし、分煙もバッチリ。バーカウンターにも笑顔が見られます。非常に良い雰囲気の会場でした。
トーク内容に合わせて照明もキビキビと変わり、雰囲気を盛り上げておりました。


■壇上の出演者さまたちについて
スタープレイヤーのみなさまたちが、ほぼおちゃらけ無しで語っていらっしゃいました。
フロアからは過激な内容、センセーショナルな爆弾発言を期待するむきもありましたが、出演者のみなさまの自制心が強いのか、はたまた実はメチャメチャ根がマジメなのか、ふわふわとかわしながら興味深い話をしてくれました。

DJ様につきましては、いつも騒々しいところで交流していますので、初めてきちんと声を聞きました。思わぬ体験です。「キレイな声してるんだね、知らなかったよ…」なんて、JAYWALKの名フレーズが思わず頭をよぎりました。ウソです。JAYWALK三田佳子の次男の逮捕で久しぶりに思い出しました

しっかし、やっぱり名プレイヤーって、プレイスタイルイコール本人のキャラクターだなと。
ジャージさんはトークの切り込み隊長として、盛んに発言されておりました。想像通りのムードメーカーで、とても座持ちの良い方だなあと思いました。チームの中心にいてほしいなって。
リズマニさんの「集まってくれたお客さんの反応に沿うようにプレイしたい」というポリシーも、イベントで抱く印象とまったく同じ。すごくしっくり来る。
あ、質問コーナーで「やっぱりからくりサーカスは楽しみですか??」って聞こうとしたのを忘れていました。
いっちょさんという方はプレイを拝見したことはありませんが、個人的にグッとくる発言が本当に多かったです。特にセットリストに関しての見解が個人的に目からウロコで「なるほど!エキスパートの方はそういう風に捉えるんだなあ」と思わされました。
今後「燃焼団さんはセットリストに関してどう思う?」と誰かに意見を求められたら一語一句パクろうと思っています


■こんな風に良かったよ!
言うまでもないことですが、ヒザ詰めで、息遣いを感じながら深いお話が聞けるというのは代えがたい体験です。
トップランナーのみなさんの生き生きとしたまなざし、真摯な語り口。
こういう人たちが先頭を駆け抜けてくれているんだから、まだまだまだまだ面白いことがドンドン生まれそうだな、という予感を感じました。
危なっかしい質問がいくつも飛んでいきましたので、Twitterで見るハイライトはいささか荒っぽいですよ。
でも、実際現場はどうだったかといえば、やっぱりデリケートな話題のときは「それはこの辺でおしまいにしないか…」という雰囲気がありましたよ。壇上。
当たり前ですよね。風を読むのがDJさんですので。
なので、Twitterの文面だけ読んで憤慨されている方は、そりゃちょっと筋違いの感想ではないかなと思っています。

いちプレイヤーとしてもっとも効いたのは、ふくゐちゃんの、繋ぎにおける「高・中・低」という考え方です。

営業妨害にならないよう、多少回りくどく要約します。

Aという曲からBという曲、あるいはAからCへ、とブリッジする際に、DJはその2曲の文脈・背景・脈絡というところに当然気を払うもの。
これにおいて、DJは2曲の音楽としての文脈を重視すべきか、あるいは、アニメのタイアップ曲としての背景を重視すべきか……「どちらが正しいか」という二元論が起こりがちなのだが、実際はどちらが正解ということはなく、はじめての人にも届くのか、あるいは、一定の知識を持った人間にだけ届くのか…そのレンジの「高・中・低」を見極めて、持ち時間において共存させつつ使い分けていくのがベストだろう、という考えです。


さすが冒頭「エンタメとしてのアニソンDJを探求している」と自己紹介されたふくゐちゃん、と感動させられました。
同じような内容を「水曜日のダウンタウン」のプロデューサーが「パッと見ても面白いけど、よーく見るとさらに面白い、そんな番組を作りたい」という言葉で著書に著しています。

僕もそんなプレイが理想です。
「やった!俺ってふくゐちゃんとセンス一緒なんだ!!俺はセンスが良いんだ!!」

一瞬そう思いました。

でも、よーーく考えると。

仮に同じ理想を抱いているとして、僕はふくゐちゃんのように、今回のようなトークセッションを通じて「言語化して他人に説明することができない」。
そういうチャンスがある、ない、という話ではなく、そこまで自分の頭の中で練れていない。

僕は、なんとなく、同じようなことを考えていただけ。
それが現実です。

他人に自分の考えを「言語化して伝えられる」ということは、すなわち「じっと一人でそれについて考えていたから」可能になったわけです。

僕も人一倍DJについては一生懸命取り組んでいたつもりでしたが、それよりはるかに深く、時間をかけて、一生懸命DJについて考えている人間がいるんだ。


それをまざまざと突きつけられ、痛烈に打ちのめされました。


いやでもそれって「じゃあ、俺ももっともっと一生懸命取り組めば、それだけまだ伸びしろがあるってことだし…」それはそれで、喜びでもあって…。


そんな感じで一喜一憂、色んな感情を沸き起こしてくれる、刺激に満ちたイベントでした。



■不満について
もちろん、ちょいと物足りない部分もありました。
ただ、それは会場内でアンケート(URLを)配布しておりましたので、こんな木っ端ブログから石を投げるようなみっともないマネはせず、公式に直接返したいと思っています。
終わった後、波紋を呼び、いろいろ言いたくなるイベントであることは間違いないわけで、事前にアンケートという形でそれを吸収するための手段を設けておくというのは、まったく、さすがだなあと思いました。


本当に、地方からの参加者として言わせていただければ、文化の中心にはやっぱり鋭い人がいるなあと、感心しきりのイベントでした。
トークテーマも実に風を掴んでいるというか、ホットで興味深いものばかり。


終始面白く聞かせて頂きました。今後の発展に期待しております。


やっぱり対面はいいな、と、本当に実感させられました。


静岡でもやりますかね。ローカルアニクラ論。

DJが上達する秘訣はDAIHATSUのトコットのCMの中にある

www.youtube.com


「ゆるい軽自動車」をコンセプトに売り出されたDAIHATSUミラトコット。
そのCMキャラクターに選ばれたのが「ちびまる子ちゃん」。
最近結構なペースで見かけますが、個人的にこのCMの「ある部分」がとても好き。


長寿アニメ実写化の面白さは、いつも見ているあのキャラクターとの「ギャップ」ですよね。

当然、ギャップは大きいほうが面白くなります。
が、ギャップが大きすぎると「あのずんぐりむっくりのまるちゃんがこんな綺麗になるわけないじゃん」という、至極まっとうな批判を浴びてしまいます。
かと言って、アニメパートを作って……例えば七夕のシーンで「まる子も、吉岡里帆さんみたいな清楚な大人になりたいよ…」と、言わせてから実写パート……のようにすればギャップは制御されますが、15秒という制限の中でそれは難しい。
「私、22歳のちびまる子ちゃん!」と言わせてみる?それはあまりにもヤボです。


たった15秒で「これはちびまる子ちゃんです!!」とはっきり言葉に出さず、それでいて「いつものアニメ」と「22歳のまる子」のギリギリの接点を作らなければいけない。
CMクリエーターさんは考えたと思います。


結果「ある手段」を使い、この実写CMといつものアニメの橋渡しが見事になされました。


それも、視聴者がテレビの画面を見ていなかったとしても、このCMが「ちびまる子ちゃんだ」と分かる作りになったんですよね。


そうです。キートン山田さんです。


たとえまる子が実写になり、名乗らなくたって、ほんの15秒だって、キートン山田さんのナレーションが聞こえれば「ちびまる子ちゃん」です。
あーー、なるほど、そこを残したか!と思いました。


で。
ああ、この発想、DJに良いな、と思ったんですよね。

DJって「今日は全曲フルサイズ!」といったような特殊な状況でなければ、だいたいカットしますよね。曲。
しかし、そういうときに漫然と「みんなそうやるから」「前奏が何拍で間奏が何拍だから」っていうんじゃなくて、ちょっと立ち止まって、果たしてここは切って良いものか、どこからどこまで残したら成立なのか、って考えると、またちょっと全然面白いものになると思うんです。


たとえば「ようこそジャパリパークへ」の「ふぁっふぁ~ん ふぁっふぁ~ん」のホルン。
個人的に、あれは残したい。
「COLORS」のイントロの「ゴロゴロゴロゴロ…」という、雷の前触れのような音。
あれも残したい。いきなり「Jibun wo!」というのも、風情がない。
ポプテピピックのOP「POP TEAM EPIC」。
あれなんかはもう、本編見たら、絶対フルサイズですよ。切れない。


切るのも大事。整えるのも大事。
しかし、ちびまる子ちゃんの要素を極限まで突き詰めて「キートン山田さんがいれば成立する」という所まで精製できたように「ここだけは!」という所を、愛情を込めてしっかりピックアップする、っていう作業を、大切にしたいなと思いましたね。



とくに後半へは続かない。

ボールルームへようこそとふくゐちゃんのアニソンDJ研究会の話

 遅い!遅いのは分かっています!

しかし、改めてこのたび、なずさんに勧められて読んでみたら、これがメチャメチャハマったので。

 
 これはスマッシュヒットでした。さすがなずさんよく俺の好みをわかっていてくださる。
 主人公のたたら君のダンスに対する姿勢がとても魅力的で、この年になって中学3年生のキャラに言うのもなんなんですが、見習いたい。



学びたさに駆られる。

本気であることを伝える。

教育者や、周囲にいるキーパーソンを本気にさせる。

独断や自らの視野を挟まず、ひたむきに学ぶ。

大きな学びを得る。


マンガなのでスマートに描かれていますが、これ、出来ますか?
たたら君のように素直で、謙虚な人間になりたいと思います。もうこの年になると、さすがに、超サイヤ人になれたりしなくてもいいです。全身がゴムのように伸びなくてもいいですので。彼の姿勢がほしい。心がけがほしい。



その「学ぶ姿勢」の手始めとして今週の話。




ああ、僕はこの研究会に参加したい!!!
まだまだ学び足りないし、もっと探求してみたい気持ちがあります!!





 僕が思うに、DJって、取り組んでいる方も含めて、少なくない方が勘違いしていると思うんですよ。
「お客さんの前に立って、ひとりひとりのニーズをその場で次々とピックアップできるDJが一番良いDJ」そんな風に思っている方が多い。先輩後輩問わず、よく言われます。
実際、そういう方針で教わりました。現場は色んな人が入り混じった生き物。思うようにいかないもの。だからフリープレイ。臨機応変


しかしです。「現場は思うようにいかない」というなら、あのフェスで、あの大規模イベントで、メインを張っているビッグネームの皆様方は、3回に1回くらいスベってもいいはずですよね
でも、ヘッドライナーを飾るような方々は、絶対にスベりません。
思ったところでウケないこともありません。
逆に、思いの外ヘンな所がウケてしまうということもありません。
3年やっても、5年やっても、今日もメインステージで結果オーライ。

そんなはずはない。

そこには、意識的なり無意識的なり、用意した所、狙った所がかならず当たるような、きめ細やかな配慮や設計図があるはずじゃないですか。


「自分の感覚ひとつでやってるから分かんないんだよなあ」


と、出来る人は言います。いや、そこを何とか、といつも思っています
それこそがほんとうの意味でのDJ論じゃないですか。
俺は〇〇は良くないことだと思う、さあお前のジャッジメントは?という旗揚げゲームが「論」といって耳目を集めますが、そういうことじゃなくて。




だから、ぜひこういう取り組みが実を結んでほしいと思いますし、何らかの形でぜひ参加したいと熱望しています。



こうした研究で「あらゆるブース内の活動にいったん全部説明がついてしまう」っていうの、もしかしたら、少なくない人が嫌悪感を催すかもしれません。
理屈は関係ねえよ!ハートの問題だよ!最後は愛なんだよ!みたいな。

でも、ジャンルが変わって申し訳ないんですが、野球。

野球のセオリー「もっとも打撃に優れた人間を4番目に並べる」「8人の野手の立ち位置」。
あれは競技に携わった人間でなく、学者が研究した結果、ああなりました。
最近では「高いお金を出してでも獲得すべき選手」も、ヒット数や三振の少なさといった、目に見えやすい単純な指標や、監督やゼネラルマネージャーの印象などでなく、統計学の観点から割り出されているはずです。


高度な研究が入ってくることは、絶対にシーンを面白くするはずなんですよね。
それに自分がついていけるかいけないかは分かんないんですが、ファンとしても、大変に意義深いものだと思っておりまして、重ね重ね、関わりたいなあと思いつつ、29日は仕事がありつつ…。


とりあえず、こういう人間がいるということだけ、どうか、頭の片隅に留めていただきたい!