脂肪燃焼団のおふとりさまですが相席よろしいですか?

脂肪燃焼団のメンバーが日々思ったこと、食べたものなど。

事情で事実をねじ曲げるスーパーヒーロー、MARVELで映画化!しないでね!

 朝、仕事に行くと、同僚の女の子が怒っている。
手に負えないお客様がいるんだと。
もう何年も納めるべきお金を納めてなくて、そのことを何回注意しても改善される様子がないんだ、と。


聞いてみると、ああ、これは「事実」と「事情」ですれ違ってるなあ、って思いました。


彼女はお客様にこう伝えたそうです。
「未払いのお金があります。お支払いください」
お客様はこう答えたそうです。
「私、まとまったお金が手元にあると、使ってしまうんです」


お客様は、ご自分の「事情」を伝えてくれました。
なるほど。重篤な精神的疾患なのか、あるいは、なにか心に空虚さを感じていて、それをケアしてくれる周囲の人間に恵まれないのか。
まことに気の毒なことですね。信頼できる人間に声をあげてみるとか、専門の機関に相談するとか、そういった方法で改善されることを祈ります。


でも、事情はあくまでも事情じゃないですか。
客観的な事実は「悪質な滞納者」。
いかなる「事情」でも、すでに起こっている「事実」を曲げることはできません。


出来ないはずなんですが、世の中には、どうやらそういう、事情で事実をねじ曲げる能力を持つアベンジャーズ並みのスーパーヒーローがいるらしい
同僚の彼女は「悪質な滞納者」であるお客様に何度も「あなたは悪質な滞納者です。私達は困っています」という、事実に基づいた説得を行いました。
しかし、どういう訳かお客様のアタマの中では「自分にはそれ相応の事情があるから、自分の滞納は悪質なものではない」という結論になっているらしく。

「別に、悪意でそうしているわけではないと思うんですけど、どうにも分かってもらえないんですよね…」

わかる。僕も、そのお客さんが悪意でとぼけているとは思えません。
事態はもっと深刻です。
彼女が戦ったのは、事情で事実をねじ曲げるスーパーヒーロー。
ソーやハルク、アイアンマン並みの強者です。
悪意でとぼけているなら、それは警察なり、司法機関なりで成敗できます。
しかし、目の前の世界をねじ曲げるスーパーヒーローに勝ち目はありません。
それ、スーパーヴィランっていうんだよ、って?
分かってますよ。皮肉で言っているんです


 こういう人と話をしなければならなくなったら、もう最悪です。支離滅裂な内容で翻弄され、事実に基づかない結論に導かれ、時間は浪費するわ、それに見合う収穫はないわ。いいことなんか一つもありません。不利益は被らなかったとしても、一日中、不愉快な気持ちで過ごすことになります。


 では、せっかくこんな過疎ブログにアクセスしてくれているので、今日はこうした、話のかみ合わないアベンジャーズと戦わず、早期撤退できるコツをひとつ書いておくことにします。



彼らは独特の言い回しをします。それが、


「〇〇〇〇しか」です。


「結局スポーツの世界なんて金なんだよ。金を積むしかない」
「政治家なんてみんな悪者しかいない」
「ええ?日本の映画?いいよ、邦画なんかつまんないものしかないから」


 彼らアベンジャーズは、事情を通じて見える世界が全てなので、本来、生きていくための考察に必要な「事実の積み上げ」をしないで生きています。
ソフトバンクホークスは12球団で一番のお金持ちなんだよ!ひとつ信じやすいセンセーショナルな「事実」を手に入れたら、なるほど、やっぱり野球は金なんだな!と、それで終わり。
あとはもう見ない。聞かない。考えない。
そのホークスと五分に戦っている、12球団でビリから2番めのド貧乏チーム、日本ハムファイターズというチームがあるという「事実」がすぐそこにあっても、です。


当事者の環境、背景、能力、運、タイミング。
世の中の出来事にはあらゆる要素が絡み合っていて、理屈に合わない多様な事実が同時に存在している。

それなのに、ふたことめには「〇〇〇〇しか」という言葉が口をつく。

そういう人間は、やっぱり何らかの「事情」で目が曇っている可能性が高いんじゃないかと思うんです。


どのような社会理論にもそれがぴたりとあてはまる論件と、あまりうまくあてはまらない論件とがある。
その場合に、うまくあてはまる論件にのみ理論の適用を限定して、あまりうまくあてはまらない論件については適用を自制するというのはたいせつなマナーである。

内田樹の研究室: 態度の悪いバースデイ



 僕は別にアベンジャーズさんたちを「話の通じないイカレ野郎」と思っているわけじゃないんです。
面と向かって10話せば、2くらいは通じる。一緒に悩むこともあるし、なにがしか考えた上で答えてくれる。

なんとなく会話をしているような気分になる。

でも、彼らは本来、よく見えていない、あるいは、よく見えているはずなのに見ないようにしている、そういうことまであたかもくっきり見えているように話す。
そして、それに悪意がない。


向こうも考えているふりだから、こっちも聞いているふりでいいか、とも思うんですが。


とにかく、エンカウント率だけは下げて生きていきたいものです。